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ミドル。


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■ゴードン・M・ボービンズ(1895.12.15~1970.1.19)

コネチカット州フォースリリーに生まれる。
幼少期に親が離婚し、それ以降施設で育つ。周囲の人間に全く心を開こうとせず、部屋の片隅でいつもルービックキューブをサイコロのように転がして遊んでいた。ゴードンが10歳になった頃、施設の音楽祭に参加した事をきっかけにギターと出会う。ギターの魅力にとりつかれたゴードンは、毎日寝る間も惜しまず練習にあけくれたのだが、練習のしすぎで1年も経たないうちにギターが壊れてしまう。


施設には新しいギターを買う余裕がなかった。その為ゴードンは自らギターを作る事を決意する。ゴードンは施設の庭園に植えてあった柊を切り倒しギターの下地に使った。彼が柊をベースに作ったギターは、フレーム部分が極端に短かった。柊の特性である「反り」が出てしまった為にフレームを短くせざるをえなかったのだ。その当時主流だったクラシックギターと比較してもそのフレームは半分の長さしかなかったと言われている。


寸詰まりで不恰好なギターに周囲は笑ったが、ゴードンは初めて自分で作ったギターに大満足
であった。この時作られたギターが、のちに名器とまで言われるようになった「Gordon Moss」モデルの原型である。


ゴードンが18歳になった頃、施設にある人物が訪れる。黒塗りの車に乗って現れたスーツの男はDS社(現Skyhope社)のスカウトマンだった。当時のDS社と言えば、スラムでくすぶっていたVONTINEやNIWなどを発掘したブラックミュージックではかなり名の知れた老舗レコード会社であった。そのスカウトマンは地元で開かれていたフェステバルでゴードンのギタープレイを見て一目ぼれし、彼との契約を取りつけるべく施設を訪れたのだった。


ゴードンは迷った挙句、DS社と契約。そして翌年同社から1stシングル「Feel Saw Good」を発表。大学生を対象にしたGarageRankingで14位を記録した。全く無名の新人がランクインする事は異例のことであった。しかし、その半年後ゴードンはアルバム「Holy Fuck'in Sucks」を発表直後に行方をくらましてしまう。ゴードンが行方不明になるなかこのアルバムはBillbordで初登場4位という記録をたたき出す。(最高位3位、売上枚数は71万5千枚)


ゴードンが次に現れたのはそれから3年後の事であった。公園の噴水で泳いでいるところを駆けつけた警官に捕縛されたのである。逮捕された時、彼はこんな言葉を残している。「もっと深い噴水を作るべきだ。」この件は翌日の新聞で大きく取り上げられた。頭がおかしくなったんじゃないか、新興宗教を立ち上げたのか等様々な憶測が飛び交う中、音楽活動を再開したゴードン。行方不明の間どこにいたか、については一切語ろうとせず現在に至っても謎のままである。


次に発表した「A deep fountain」は全くヒットしなかった。収録曲の全編がハミングという斬新な試みは全く受け入れてもらえずレコード会社からも解雇された。しかし、その後自主制作盤で発表した「Assholeman」と「Piss」はマニアの間で好評を博し口コミが口コミを呼び隠れた名盤と言われるまでにヒットした。ゴードンはその後も精力的に作曲活動に取り組んだ。


そして、1970年冬。
ライブ中に漏電していたアンプにさわり感電。ショック死する。享年75歳であった。当時の平均寿命が60歳であった事を考えると大往生であったと言えるであろう。ゴードンは死ぬ直前、震える手でマイクを拾いこう言ったそうだ。


「It's all right…because it's all a lie.」




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(終)
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